最後のマルマル

アニメ・ゲーム・声優などに関する我楽多雑文。研究者兼大学講師をやってます。

第4章 豊崎愛生と声優雑誌

はじめに
 本章では、声優雑誌の概要や声優雑誌誌上に見られた豊崎愛生関連記事について述べていきたい。本来であれば、序章の「検討資料」の項目で資料(史料)批判として行われるべき作業であるが、取り急ぎ目に見える評価を世に発表したい、という思いから大分遅れてしまった。本稿では「史料批判をふまえた史料の突き合わせによって史実を再確認し、史実の意味を歴史的文脈に沿って考察するとう実証史学の手法(古川隆久2011)」を、まがりなりにも踏襲しているわけなので、一応の資料(史料)批判を試みたい。

1.声優雑誌概要
 本稿では、『声優グランプリ』『声優アニメディア』『ボイスニュータイプ』『ピックアップボイス』『ボイスガールズ』『声優パラダイス』の六誌を検討資料として扱った。個人の人物像という実証的把握の難しい対象を検討する場合、可能な限り多くの資料を用いる必要性があることは言をまたない。
 各誌に共通している特筆点としては、まずグラビア写真が紹介され、それに付随して声優のインタビュー記事が掲載される、といった形式のものが多い点である。その他にも、担当声優の連載コラムや、イベントレポート記事、特集企画、読者投稿欄など、バラエティに富んだ記事が散見しているが、誌面の巻頭を飾っているような代表的な記事は「グラビア+インタビュー」というのが通例である。
 そのため、声優雑誌から享受することのできる情報は「写真情報+活字情報」が主なものとなる。すなわち、「見て」受容・形成される声優像と、「読んで」受容・形成される声優像が考えられ、本稿では、後者の「読む」活字情報に注目したのである。グラビア写真などから受容・形成される声優像については、検討手法が異なるため、別に論じる必要があることは第一章ですでに述べた。
 グラビア(写真情報)とインタビュー記事(活字情報)の単純な頁数の比重については、グラビアの方に重きが置かれているものが大半である(コラムなどは別として)。しかし、単純な頁数の差異が、それぞれの重要性の有無に繋がるわけではない点は注意が必要である。量的には少なくとも、活字として声優に関する情報が見られることに、声優雑誌の資料(史料)としての意義を見出すことさえできよう。
 さて、声優雑誌の活字資料に着目すると、その記事は大まかに「インタビュー記事」「コラム記事」「レポート記事」の3つに分類できる。前二つは、声優その物の声であり、三つ目は、主に雑誌編集記者の感想・述懐であるといえる。それぞれの資料的価値を念頭に置いた上で、検討に使用する必要がある。

2.各誌の豊崎愛生関連記事
 以上のような体裁を取る声優雑誌であるが、本稿では、その誌面から「豊崎愛生」および「スフィア」に関する記事を抽出した。その抽出した結果が、資料1の「豊崎愛生関連記事目録」である。
 最近創刊された『声優パラダイス』を除いて、スフィア結成やテレビアニメ「けいおん!」で知名度が上がった2009年から、各誌において豊崎愛生関連記事は多く誌面に表出するようになっている。その注目度の高さを、各誌面から如実にうかがうことができる。本稿では、2009年4月以前の検討は行っていないが、その前後の時間的変化にも今後注目したい。具体的な記事数の変動から、2009年度における豊崎の飛躍ぶりを実証的に把握することが可能となろう。
 2009年以後、現在までにおいて、各誌で豊崎愛生およびスフィアに関する記事は断絶することなく見え続けている。その大きな要因として、定期的にCD(シングルとアルバム、スフィアとして豊崎愛生ソロとして)を発売し、定期的にライブ(スフィアとして豊崎愛生ソロとして)を開催していることがあげられる。それらに加え、テレビアニメにおいて主役級の役所で出演する場合は、アニメ特集や座談会などでも誌面に表れることとなる。実際、誌面において、スフィアや豊崎愛生に関する話題は尽きることがない。
 これには、所属事務所の能力も大きく作用していることが容易に考えられる。常に話題を切らさず、誌面に表出させ続けることで、それだけ多くの人に認知してもらえる可能性がその他の声優より格段に高くなるのである。認知度だけでなく、誌面に表れ続けることは人気のバロメーターにもなるし、声優として得られる仕事の多さにも繋がることだろう。特に豊崎愛生の場合は、豊崎愛生という個人だけでなく、スフィアとしての一面を持っているため、誌面に登場する回数が多くなり、誌面を占める割合も大きくなる。ユニットを組む利点は、まさに以上の点にあるといえる。常に話題を振りまき、サプライズを客層に提供することはスフィアのコンセプトでもある(第二章参照)。現在に至る(執筆当時2011年6月)豊崎愛生およびスフィアの人気は、偶発的なものなどでは決してなく、実によく考えられた営業戦略がその根底にあったのだといえる。
 やや横道に逸れたが、豊崎愛生やスフィアに対し、誌上で特に力を入れていたのは(スポットを当てていたのは)、『声優アニメディア』である。資料1の「豊崎愛生関連記事目録」を見ても明らかであろう。これには、豊崎愛生が定期連載している「あきずかん」というコラム、スフィアが定期連載している「スフィアの千里の道も四歩から」というコラムの存在が大きい。他誌でも、豊崎愛生が連載したコラムなどがあったが(短期集中コラム「豊崎愛生のおうちでごろり♪」)、定期連載ではなかった。特に、「あきずかん」は、豊崎が好きなものをテーマとしたコラムなので、豊崎の貴重なパーソナル情報が満載である。豊崎愛生(とスフィア)に関する単純な情報量で言えば、『声優アニメディア』が他誌より一歩先んじていることは間違いない。
 勿論、他誌が内容的な意味で劣っているということでは決してない。それぞれにおいて、魅力的な特集を組んでいたり、特徴的な取り上げ方が試みられている。すなわち、理想的には全声優雑誌を網羅することが好ましいのである。執筆者は、六誌もの声優雑誌を通読してきたが、全く同じ内容の記事は存在しなかった。記者(インタビュアー)は各誌によって異なるため、質問もバライティに富んでいるし、もし似たような質問があっても、受け答えする声優側が同じような回答を意図的に避けている。また、一誌だけでは、いま一つぴんと来なかった内容も、同時期に発行された他誌と突き合わせることで、より具体的な情報として新たな一面が読み取れることもあった。また、豊崎愛生の人物像を考える際においても、一誌あるいは一つの記事だけでは裏付けが希薄となってしまう。他誌の記事と突き合わせることで(資料批判)、総体的な人物像を浮き彫りにすることが可能となったのである(主に第一章と第二章参照)。
 惜しむべきは、声優雑誌の値段が割高であることだろう。大凡、1000円を越えるものが多く、誰もが気軽に買える値段ではない。それ故、数種類を購入することも経済的に難しい場合が多い(執筆者も2・3誌が限界である)。本稿にように、研究に使用する場合は、国会図書館などで閲覧することが可能であるが、発刊後すぐに収められているわけではないので、即時性は皆無である。雑誌の持つメディア特性として重要なのは、この即時性であり、これを求める限りはやはり「購入」という手段しか残されていない。その際、購入の決め手となるのは、声優雑誌の内容の豊富さであろう。誰をピックアップしているのか、どのような特典・附録がついているのか、など各誌ごとに生き残りをかけた競争意識も高いと考えられる。本稿では、あえて各誌別の詳細な内容紹介や体裁にまで言及しなかったが(豊崎愛生を語る上で、豊崎の情報量の多少についてはふれざるを得なかったが)、それは、検討に使用している声優雑誌が現在進行形で発刊されている雑誌だからであり、多少とも売り上げに影響のあるような発言は控える必要があると考えたからである(本稿にそのような影響力があるとは思えないが)。

おわりに
 以上、本稿で使用した声優雑誌について、豊崎愛生関連記事とともにその概要を示した。今回の検討を通し、執筆者が初めて手にした声優雑誌もあった。それらを通読して感じたことは、それぞれに趣向が凝らされて居り、おそらく意図的に差異化が図られているだろうことである。他誌とは違った本誌ならではの特徴づけが模索されているのである。ただ、それらの差異は大きな枠内における差異であることは指摘しておくべき点であろう。今までの声優雑誌という体裁の殻(大きな枠)を突き破った企画があっても面白いかもしれない。例えば、本稿のような論文を載せるとか・・・。いえ、なんでもありません。

≪付記≫
 出版業界では当然な問題すぎて、本文ではふれなかったが、誌面のグラビア写真などが発売直後ネット上にアップされてしまうのも売り上げに大きな影響を与えていると考えられる。アップされた画像を見て実際に購入に走る「販促効果」がどれだけあるのかは、これもまた実証的把握が難しい。グラビア写真が購入を経ずともネットなどで閲覧することが可能であるということが前提となってしまうと、必然的に画像ではない、特典や附録などの「物品」に目が向けられてしまう(購入側も発行側も)。附録や特典だけでなく、誌面の内容の充実も是非とも忘れないで頂きたいのである。「声優雑誌の価値はグラビア写真だけでない」と私は声を大にして言いたい。

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