最後のマルマル

アニメ・ゲーム・声優などに関する我楽多雑文。研究者兼大学講師をやってます。

世界の中心で「はがない」を叫ぶ

(友達の定義:「同年代」の同性とする)


――私は友達が少ない。

厳密には、「長続きする」友達が、です。

その場その場の友達は結構作ることができます。
小学校では小学校での友達、中学校では中学校での友達。
でも、卒業後も仲良くしている友達はあまりいません。小中高に至ってはゼロ。大学の友達で今でも仲良くさせて頂いているのは数人に満たないと思います。自分から遊びのお誘いをするのに至っては一人か二人です。

おそらく、私は自分が一番可愛いんだと思います。
決して若かりし頃の暦君のように「人間強度」が下がるから友達なんていらないと思っているわけではありません。ただただ、自分を可愛いがりすぎている。箱娘の如く。傷つくことを極力避けるが如く。 

全く違う次元で。
豊崎さんも友達少ないんじゃないかと私は勝手に思ってます。(仕事「仲間」はそりゃ、多いでしょう)。

ライブの特典映像やラジオでの掛け合いなどを鑑みてなど、邪推の根拠を根拠もなくあげることはできますが、ただただ、私の願望であるといった方が正しいのかもしれません。 そうであってくれという失礼極まりない想い。

豊崎さんの20代前半とは思えない芯の強さだったり、 しゃべり方そのものだったり、振舞い方だったり、色々同性に勘違いされ易いタイプのような気もしなくもなくもない気がします。友達の少ない私が他人を語るなど、語るに落ちた状態ですが。

自分と豊崎さんの共通項を無理やり抽出して「同じだぜ、ヤッフー!」と悦に浸りたいわけではありません。
ただ、何というか、体裁の整ったそれなりの理由で友達の少なさを言い訳してみたいなぁと思ったわけなんです。その目的・行為の醜さに目を瞑れば、概ね素晴らしいことだと思います。
また、自分可愛さが一因だなんてあまりにも情けないなぁと「はがない」を見ていて思った次第で。セナ可愛いよセナ。

アニメばっか見てて、他人に対するハードルが上がり過ぎていることには見て見ぬふり。フィクション内における人々の清廉潔白、聖人君子ぶりは現代日本人にとって最早「毒」なのかもしれません。