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最後のマルマル

アニメ・ゲーム・声優などに関する我楽多雑文。研究者兼大学講師をやってます。

2012年冬アニメ最終回視聴後の総括的感想(2)


(1)からの続き

 

 



【木曜日】

ブラックロックシューター
鬱々なアニメ、というのが最終回視聴後の感想です。
やりたい事、伝えたい事は大変よく解ったのですが、それが濃い。濃すぎるといった印象。

この歳になると「他人と生きていく辛さ」のような内容をドストレートにやられると引いてしまうようです。
むしろ、私より若い世代には好評だったりするのかもしれません。彼等には、まさに現実問題として我が身に降りかかっている問題でしょうから。自分の思いを代弁してくれるという共感は若者世代から得やすいのかもしれません。

誰もが通る道。十代の時に、太宰治作品を読んで悟ったような気になる、あの感じ。
それだけのエネルギーある作品だったようにも思えます。

ギルクラ
13話辺りで切ってしまいました。
しかしながら、後半になるにつれ面白くなったという評判をちらほら聞き、ちょっと後悔。
基本、自分に合わないアニメでも批判したいが為に一応全部見るという形を取っているわけですが、そのエネルギーが最近はなくなってきました・・・。来期も結構切ると思います。

キルミーベイベー
空気アニメとはまさにこの作品のことを言います。勿論、良い意味で、です。
肩の力を抜けるのにも程があるぜ!という感じ。でも、そこが良かった。ギルクラ切ってでも、こちら選んでしまいますよ。
また、やすなが可愛すぎてそれだけの為に見てたぜ!という感じも。

最終回、何故かちょっといい話になっていて逆に面白かったという不思議なレトリック(人間として欠陥しているだけの可能性あり)。そもそものスタンスとし て、やすなには「ソーニャちゃんに殺し屋を辞めてもらいたい」という思いがあるわけで、そこから真摯な愛情を感じざるを得ない。普通は腫れモノとして近づ きさえしない。まさに、現代社会に舞い降りた天使だと思いました。

アマガミSS
素晴らしき悶えアニメでした。
各ヒロイン毎に顔を覆いたくなるようなイベントシーンが満載。

個人的に絢辻さんと梨穂子がタイプなのですが、配置の関係上前半の方で終わってしまいました。
梨穂子は他ヒロインと違い、展開が「じっくり焦らず」なんですよね。
他ヒロインは一期の時点で付き合ったりキスしたりしていたのですが、梨穂子は今回の二期目で漸くお付き合いに至り、キスに至りました。


その際・・


 *     +    巛 ヽ
            〒 !   +    。     +    。     *     。
      +    。  |  |
   *     +   / /   イヤッッホォォォオオォオウ!
       ∧_∧ / /
      (´∀` / / +    。     +    。   *     。
      ,-     f
      / ュヘ    | *     +    。     +   。 +
     〈_} )   |
        /    ! +    。     +    +     *
       ./  ,ヘ  |
 ガタン ||| j  / |  | |||
――――――――――――

と、深夜に叫んだのは私だけではないはず。
焦りに焦らされただけあり、自分事のように喜んでしまいました。
まさに梨穂子の人徳のなせるわざ。

柑菜ちゃんの「好きな人には幸せになって欲しい」という至言を実感することのできた梨穂子回でした。

笑いというベクトルから忘れられないのが、森島先輩回ですね。
卒業式を私利に利用した橘君ェ・・・これぞまさに、アニメの力!
「アニメだから!」と開き直るその姿勢、最高です。その開き直りこそが、次世代のアニメを形作ると信じて疑いません。

ハイスクールD×D
今期のお色気担当かと思いきや、熱い展開で予想外に面白かったよ(失礼)、な作品。
魔法少女リリカルなのはの人工デバイス萌え属性の私として、一誠君のセイクリッドギアは中々どうして燃える!

二期を期待しております!


【金曜日】

戦姫絶唱シンフォギア
兎にも角にも歌の力!な作品でした。
音楽に焦点を当てることで、アニメ作品における音楽の重要性を改めて浮き彫りにした作品とも言えます。
極論を言ってしまえば、神曲が目白押しであれば作品として成り立つということです。

個人的にkey系のAIRCLANNADで「この曲が流れると勝手に涙が流れてしまう」というBGMがあるのですが(私はそれをパブロフのBGMと呼ん でおります)、同様に「この曲が流れると熱くなる!」という曲も当然考えられるわけであります。シンフォギアでは後者の曲をメインに据えることで、作品の 世界観を作り上げていました。曲が駄目だったら作品として成り立たない、という実は大変リスクのある試みだったのかもしれません。歌い手が、水樹さん、高 垣さんなど、今をときめく歌姫(ローレライ)であることからも、歌に賭ける思いの強さをうかがい知ることができます。
そして、当該作品では「旋律に合わせて装者が歌唱することにより、シンフォギアはバトルポテンシャルを相乗発揮していく」という設定を設けることで、歌を 作品内の各自変身シーンや戦闘シーンに無理なく使用することを可能としました。おまけに各自のキャラソンとして販売することで商法的にもうまうまだったり します。

その曲が琴線に触れるものであれば、自然とアニメそのものへの肯定的評価にも繋がります。だって、流れるだけで心が踊るんですもの。今や大人気作となった「けいおん!」においても、作中歌の存在は無視できないものでした。
シンフォギアにおいては、個人的に響の「撃槍 ガングニール」に心躍りました。主にあおちゃんの歌声的側面から。可愛い!
この歌を聞きたいが為に「早く変身しねぇかな」と思っていました。これって、見事に手玉に取られている証拠ですよね。

絶唱もかっこよかったです。変身する前の呪文のようなものも。
FFⅩの「祈りの歌」にも似たような、あの感じ。あの類の旋律には人類のDNAに直接作用する何かがあるとしか思えませんw
ただ、絶唱という素晴らしい設定を上手く使いこなせたかどうかは別ですが。再起不能という設定は追求し続けて欲しかったと思います。

また、「各人物の心情の移り変わり」についていけない場面も多々。これは、私の読解力不足と少女漫画のような心情描写を丁寧に描く作品群を評価の軸として 考えていることが原因だと思われますが。そんな私ですら、「かっこいい歌があったから勢いで乗りきれた」と捉え直せば、やはり歌の力ってすげーなと思わざ るを得ないわけです。

言い方は失礼ですが、アニメを構成する要素の内、何か一つでも飛びぬけていれば良作になり得るのだと思います。全てを満たすアニメなんて、それこそ奇跡の 重なりによって生まれるもので、最初から一つのコンセプトを前面に押し出していた方が一定以上の評価を受ける作品を生みだせるのかもしれません。

歌とは別に。
シリアスな笑い、という側面からも素晴らしい描写が見受けられました。
最終回における「現在の武器の単なる巨大化」という描写は腹を抱えて笑ってしまいました。
こういうちょっとした要素の積み重ねも大事なのかもしれません。


灼眼のシャナ(三期)
ゼロの使い魔」同様、ついに終わってしまったか・・という切なさ一杯の作品でした。
一つの時代の終焉、それほど話題になるわけでもなくひっそりと終わっていった感すら受けております。

二期は正直、中だるみが甚だしかったのですが、三期は二十数話通して面白さが持続しておりました。
原作は未読なのでアニメとの差異はわかりませんが、個人的には上手くまとめたんじゃないかと。原作読んでいると「何故、あのシーンが・・」と思うことうけ 合いなので(ゼロ魔パターン)、その点シャナはアニメで始まりアニメで終わったので上手い事自分の中で消化できたのかもしれません。

また、シャナはED曲が素晴らしいという印象が強く残りました。
今期の後半「one」など、何度繰り返し聞いたことか。このEDが流れると自然と胸が熱くなるわけです。
本編の終わり数十秒前(ED画面に移るちょっと前)から前奏が流れだすので、本編の最後の盛り上げ役として効果的だったように思います。


ペルソナ4
これは良い教育アニメだと思います。情操教育にもぴったり(?)。
辛く本当の現実(自分であったり世界であったり)に若者が向き合い、「絆―Kizuna―」の力によりその現実を乗り越えていく。現実の醜さを写実的に表 現するだけでなく、当該作品のように若者への応援歌たる作品もまたアニメ―ションを用いた表現ならではのものとして必要不可欠であると感じた次第です。原 作がゲームであるという点からも、子供に向けた強いメッセージ性があることがうかがえ、その姿勢に感銘を受けるばかりです。内容としてもよく出来ておりま すし、ゲームとしても普通に楽しめるだろうことが容易にうかがえます。ペルソナ(別の自分)やシャドーなどが、その世界観をよく代弁しており、安易なメッ セージ性の表出に一定の歯止めをかけ、娯楽作品としての側面を敢て強調しているように感じました。作品に主義主張を盛り込む場合、当該作品の如く上手に盛 り込まれると押しつけがましさがなくなり、自然とそのメッセージを自分なりに享受することができるのだと感心しました。メッセ―ジ云々よりもまず、視聴者 を楽しませようというその気慨が気持ちよかった。

しかしながら、あの刑事さんは本当に情けない。こうも大人が情けないとがっかりします。
言ってることは至極正しいわけですが、それに伴う行動が高校生に窘められる程、極端に過ぎる。
大人が、彼が貶す所の「尻の青いガキ」に言われたい放題でどうする。大人の全員が全員、あのようなニヒリズムの持ち主だと思われるのは心外ですが、若い世代がそこまで単純ではないという期待の裏返しであると考えることに致します。
「大人は解ってても敢て言わない」。それが暗黙の了解であることを、やはり作品内では言及しません。それは暗黙の了解であるからですw
「大人は子供の夢を壊してはならならい」。これこそが、大人が大人たらしめている要因であると私は考えます。現実にある「壁」の存在を、わざわざ子供の手 を引いてその壁にまで連れてくる必要はない。その壁だって、ある子供にとっては壁ではないかもしれません。当該作品の最終回(#25)で、主人公たちは絆 の力で全てを解決します。ラスボス曰く、彼等は人類の可能性の子であると。まさに子供の可能性を追求した作品であると私は感じました。「前向き」という点 では「ちはやふる」も似たようなものなのかもしれません。
刑事さんのように「ガキに何がわかる」と斬って捨てるのではなく、子供には大多数の大人が諦めた(ざるを得ない)無限の可能性があるのだと改めて気づかされました。当たり前のことかもしれませんが、教育の根本の理念とはそこにあるのかもしれません。

妖狐×僕SS
今期のキャラ萌え二大巨頭の一角、凛々蝶様。
最終回はやばかった。あんな可愛い生き物をこの世(二次元世界)に爆誕させるとは・・。人間ってすごい!

作品的には、最終回二話前までは内容が特にない特異なキャラ造形のみが光るアニメだと思っていたわけですが、最終回一話前の御狐神君の過去編によって評価 が一変しました。それまでの内容のない十数話に所々散りばめられていた御狐神君のミステリアスな側面、その理由が過去編によって根拠を伴い詳らかになりま した。そのカタルシスや、まさに推理小説物の犯人特定の場面の如く。1クールという短い時間ではありますが、全12話を上手く使った構成だと感嘆致しまし た。こういう作品の存在を鑑みると、「1クール物だから・・・」という言い訳は通用しないな、と改めて思うわけです。綺麗にまとめることは決して不可能な ことではない。

そして最終話。二人が結ばれるというカタルシスは言うに及ばず。
足を震わせながら、思いを告げる凛々蝶様に胸キュンしない男性がいるはずもなく!

可愛すぎるぜ、凛々蝶さまああああああああああああああああああああ!!

はぁ、はぁ・・・

「あの夏」の柑菜ちゃんとは、正反対の告白シーンであったことも大変興味深い(結果も正反対)。
結局、女の子は何をしても可愛いんだな、と。
可愛いは正義、ということは、「女性=正義」。
なるほど、広義の意味で私もフェミニストなのかもしれません。

当該作品は、EDの出来も素晴らしかったです。
特に「太陽と月」。この曲のために、該当巻だけでも購入しようかと画策中。
円盤が今期で一番売れるような気もしなくもありません。

関係ないですが、友人が凛々蝶様推しで、それに感化されて私もかなり好きになってしまいました。
愛は伝染しますね。すごい。
「友人の恋愛相談受けれいたら、いつの間にかその相手のことを好きになってしまった」というのは、なるほど、こういう感じなんですねw


銀翼のファム
日曜五時からでも無問題、な作品でした。
誤解を恐れずに言えば、今期の中では「硬派」なアニメ。

1クールにこういうアニメがないと物足りないのも必然でしょうか。
ファムの立ち位置が素晴らしかった。子供が一人で偉業を成し遂げることなぞ、ない。大人を蔑ろにしない点は大変良かった(フィクション作品だからこそ、何 でもありなんじゃないの?というご意見には知らんぷりしつつ)。主人公としては影が薄いかもしれませんが、だからこそ当該作品の世界観が成り立っていたよ うに思えます。

終盤から失速気味のような気もしましたが、それでも王道かつ古典的ともいえる世界観は色あせることはなかった。海・空・大地を包括した世界観は未だ魅力的であり、その壮大なスケールこそフィクション(≒アニメ)でなければ表現し尽くせないと思うわけです。

音楽も素晴らし。「シャングリ・ラ」の時もそうでしたが、黒石ひとみさんの曲は壮大な世界観に一層の深みを与えてくれます。
豊崎さんも良かったです!
次々に異なる役柄にチャレンジしようとするその意気やよし。
そんな豊崎さんだから、応援し続けたい。


【土曜日】

偽物語
自分の中の期待値が高すぎた作品、とでも言っておこうか(凛々蝶風に)。
原作を読んでいたが故なのかどうなのか。ちなみに「化」の時は未読でした。

いや、全然及第点ですし、今期の中でも個人的ランキング上位に位置しております。
ただ、如何せん「あの夏」や「いぬぼく」が素晴らしすぎた。目新しさ、という点では最初から分が悪いわけですし。

何よりも、自分の「羽川さん好き」がマイナスに働いてしまったように思います。
髪を切って眼鏡をはずした羽川さんが登場した序盤で興奮度がMAXになってしまい、それ以降は緩やかな右肩下がりになるしかなかった。声を初めて聞いた忍の衝撃も同様に序盤でしたし。

基本、そこまで妹ちゃん'sがそこまで好きではない(勿論嫌いではない)ということもあり、「偽物語」の内容それ自体にそれほど期待してなかったのかもし れません。続編ということで、羽川さんだったりひたぎさんだったり「化物語」のヒロイン達と再び会えるという喜びがまず第一であったように思えます。それ こそ、第一話の全員登場は震えるような心持ちだったのを覚えております。

また、「偽物語」以降の原作を読んでいたこともマイナスに働いたように思えます。
もう完全に、妹以外の各女性陣に心奪われていた後です。正直、妹達では役不足、いや力不足です。
彼女らの続編を早くアニメで見たいというエゴが私の眼(まなこ)を曇らせたのかもしれません。

しかしながら、物語シリーズには傷の映画が待っております。
傷のシリアスな内容を鑑みると、幕間劇的作品であったといえるのではないでしょうか。


【日曜日】

輪廻のラグランジェ
まるっ!な作品!まるっ!

地域密着、聖地巡礼ありき・・・何が悪い!どんどんやれ!
・・と思うぐらいその姿勢に感銘を受けました。

個人的には、各キャラが自由奔放なまま大気圏突破して欲しかったですが、やはり根っこは女の子でした。
何も葛藤しないで勢いだけで終わる、というのも新しいかと思ったのですが、それはただのギャグ作品だと今更気がつきました。バランスが難しいですね~。

傷つくことから逃げている人間にとって、フィクションの中であっても、自分ではない赤の他人であっても、傷つく所は見たくない。ただ傷ついて涙を流してい るだけでは感動することはできません。そこに何らかの意味・価値を見いだせないと「嫌な場面だなぁ」で終わってしまいます。

ヴィラジュリオが完全悪ではなく理由あってムギナミに辛辣な言葉をかけたのは理解できますが、そのやり方とフォローが足りないように思えました。その完全 な回答は二期にあるのでしょうけれども、一期で消化して欲しいというのが正直な所ではあります。快活な女の子が、一方的に罵詈雑言を浴びせられている姿は 見るに堪えませんでした(NTR好きなくせに)。

まどかにも人間らしい影の部分があることは、その人間像に深みを与えるものだと理解できますが、序盤の彼女の奔放さが打ち消しになってしまい、そこが残念 でなりませんでした。序盤の、知り合ったばかりの女の子の頼みで軽くロボットに乗り、命をかけた戦いに軽く挑むまどか像と、後半の、他人の言動を気にして ショックを受けるまどか像とのギャップに、心情描写の変遷過程として理解はできても、納得はできないという感じ。何か、普通の女の子になっちゃったなっ て。表面上は明るくても、内面では色々考えている女の子、だなんて普通すぎるじゃありませんか。実際は、得てしてそのような多面的な人間が正常なので、リ アリティはあるのかもしれませんが。
しかしながら、巨大ロボット同士の戦闘において、真剣白刃取りをするあの世界観、地元の建物を壊さないように戦うというウルトラマンへのアンチテーゼをも 含んだあの世界観。このようなユニークな世界観に沿った人間像であって欲しかったのです。2クール作品として今も続いている「モーレツ宇宙海賊」の加藤茉 莉香ちゃんなんかは、序盤のまどか像に近く、それが今に至るまで崩れていないように思えます(今後変わる可能性もありますが)。

文句ばっかりなような気がしますが、文句が出た以外は概ね「まるっ!」なのです。
それこそ、鴨川には死ぬまでには行ってみたいと思うぐらいに!