最後のマルマル

アニメ・ゲーム・声優などに関する我楽多雑文。研究者兼大学講師をやってます。

真紅「生きることは闘うことでしょう?」



以下、厨二病的ポエム垂れ流し注意。






「長い人生には出会いと別れがつきものだ」

普段、よく耳にする言葉です。



私は〝別れ〟に関して、比較的無頓着であったように思います。

それは、私に友達が少ないということも、少なくない要因かもしれませんが、よくよく考えてみると、それは無意識のうちに鈍感であろうとしていたからだと本日気付かされました。

今プレイしているFF14はMMOと呼ばれるもので、人と人との交流が特徴的なゲームです。
ゲームであろうとも、顔を知らなくても、人との出会いというものは歴然とそこにあるわけで、当然別れもあります。

そのゲーム内グループで仲の良かった人達が去っていきました。
厳密に言うと「去って」というのは、ニュアンスとして若干おかしいのですが。
また、「仲の良かった」というのも、結局は私が勝手にそう思っていただけで、向こうはそう思ってなかったのかもしれませんが、これは言いだしたらきりがありませんね。
「やめてしまった原因に自分が関係してなかったか」、と考えだすとこれまたきりがありません。
色々なものが不確かな中、本当に好きな方々だった(勿論今もですが)ということは確かです。


閑話休題


そこで明確に〝別れ〟というものにふれることとなったのですが、これが何とも個人的にショックだったんです。
いや、それはそうだろう、と皆さんおっしゃるかと思いますが、自分としては驚きだったんです、ショックが大きかったことに。

私は、これまで幼小中高大、大学院修士、大学院博士と7回ほど卒業というものを経験しておりますが、一度だって悲しかったこと、辛かったことはありませんでした。幼稚園や大学院は若干意味合いが異なるとしても、青春時代の真っただ中である中高においてもです。
友人と会えなくなることが分かっていても全然平気でしたし、むしろ今後会いたいなぁとも特に思いませんでした。
最後の皆での集まりなんかも行かなかったですし、卒業アルバムの寄書の欄も真っ白です。
卒業式の帰りに、上履きなどの学校の私物(想い出ともいうべきもの)を帰りのコンビニのゴミ箱に捨てたりしてました。

こんな私なので、同窓会なんて行ったこともありません(誘われたこともありません)。
卒業後いくらかあった友人の誘いも全て断ってきたので、小中高の友人は一人も残っていません。

こんな自分を自分で欠陥のある人間だなと厨二病的に自虐しておりました。
こんな自分が正直嫌いでもありませんでした。人と違うことがそこはかとなく嬉しい馬鹿だったのです。

〝別れに鈍感〟

そんな厨二病的パーソナリティが、本日粉々と砕けました。
普通に寂しいじゃねーかよ、悲しいじゃねーかよ。

あぁ、私はただ〝別れ〟から逃げてきたのだと。
私は馬鹿でもなく、ただの〝ガキ〟だったのだと。

今ならわかります。
別れと直接向き合って悲しむことを避けてきたんだと。
自分可愛さに自分を守っていたにすぎなかったんですね。

私は辛いことから極力逃げてここまでやってきました。
そんな自分だからこそわかります。


別れからも逃げてきたんだと。


彼女と別れるのは辛い、ということは知っていても。

知り合いと別れるのも辛い、といことを知らなかったとは滑稽ではありませんか。


今、私には現実の世界で数人の友人と呼べる方々がいます。


その方々は、周りに興味のない(風を装う)私を見捨てなかった人達です。
誘いを断っても、懲りずに何回も何回も誘ってくれた人達です。

私にはこの方々を友人と呼ぶ資格はないのかもしれません。
ただいつか、感謝の気持ちを伝えることぐらいはさせて欲しいと思います。
(出不精なのは変わらないと思いますが←)


私は、人付き合いが嫌いなのではなく、人付き合いが苦手なだけであることを、改めて認識しなければなりません。今更のことであろうともです。

そもそも、人付き合いが嫌いだったら、MMOというゲームをやろうとすら思わないはずです。
どこかで人との交流を望んでいる自分がいたからだと思います。

幸運にも全ての知り合いが、そのゲーム内グループから去っていったわけではございません。
その方々との一期一会も大切に、これからもFF14を楽しみたいと思います。




『私はFF14を続けるよ』